BloodWirth『蔓薔薇の家』リプレイ第一回

前記

カードワースリプレイは、二次創作です。BloodWirth『蔓薔薇の家』シリーズには、元のシナリオにない捏造改変や、曲解が多く含まれることをご了解ください。

以下のシナリオを未プレイの方は、事前にプレイしていただくことをおすすめします。


仲間を助く代償は

青年は寝台の上で横になっている。

どうにも不自然な寝姿勢だ。履いたままの靴のかかとが敷布に突き立っているし、腰はねじれ、片手は宙に浮いている。

「もうじきだ」

そう呟いて触れた少女の手に、伝う熱はない。ヴァンパイアである彼女のみならず、ダンピールの彼も、今は死体と変わらぬ温度。

生き物の持つ柔らかさも、青年からは失われている。灰の呪いを受けた彼の身は、今や無機質の塊と化していた。

彼の頬にある傷。なでた指先に、白い粉が付着した。貝殻をすりつぶしたような、細かく、冷たい粒子。

崩壊が始まっているのだ。呪いを受けたものは、わずか三日でその形を失うという。今日がその三日目だった。

三日目にしてようやく、解呪のすべを知る魔女と対面することが出来た。

「もうじき、助けてやれるぞ、ベネリート」

慈しむように青年の名を呼ぶ少女ブリシーラナを見て、魔女ローズは口を開いた。

魔女「確かにあんたの仲間をこの呪いから救うことはできる。だが、それには代償が必要だ」

「当然だろう。世にあまねく魔法のすべて、無から有を作り出しておるわけではない」

「もちろん、あんたが不明だと思ったわけじゃない。ただ、よくよく考える必要があるということだよ」

そもそもこの呪いは、死にゆくものに掛けられているわけではないらしい。道理で、いくら魔術を行使しても消えないわけだ。幻を切り裂こうとするのと、同じことをしていたのだから。

「実際に呪われてるのは、あんたのほうさ」

「わたし?」

「正確には、その男を愛している誰かだけどね。解かぬならその存在を失い、解くならそれとは別な、大切なものを失うことになる。いやらしい呪いだよ」

「……それがわたしだと、なぜ。いや、詮無いな。もし呪われておるのがわたしでなければ、どうなる」

「その男がただ崩れて消え去るだけさ。何もしなかったのと同じ。他に何が起きることもない」

「ならば考える必要はない。解いてくれ、頼む」

「そうかい。だが、あたしには知ってもらう必要があるんだ。安心おし。話を済ませるには十分な余裕がある」

魔女は少女の見た目に惑わされず、相手を侮らなかった。言葉が慎重に選ばれているのを、ブリシーラナは察した。

その代償は、あまりにも重かった。知らずに支払えば、話が違うなどと難癖をつけられるかもしれない。

魂の一部、記憶の一つ。それも、本人にとって、もっとも大切なもの。選ぶことはできず、内訳を知る頃には、拒むこともできなくなっている。

中には生きるすべや帰るべき場所を忘れてしまったものもいるという。そのものたちの末路までは、魔女も知らぬという話であったが。

「あいわかった。わたしが何を忘れようとも、解呪がかなわずとも、魔女どのに不満は言わぬ。やってくれ」

「そういうことなら、こっちへおいで。……それにしても、躊躇わないやつははじめてだよ。相手のことを忘れちまったやつらですら、迷い悩んだ末に決めていたもんだが」

「わたしの問題がわたしだけで済むなら、越したことはないだろう。元はといえば、わたしに関わらなければよかったのだ」

「そのときは、犠牲になるのは別の誰かだったろう。誰かが必ずこうなった。術者をなんとかしないかぎり、繰り返すかもしれないことは」

「問題ない。あったとて、それでも魔女どのに不満は申さぬ」

それならいいんだが、と魔女は肩をすくめ、少女に青年と向き合うように指示をした。

(……よもやかほどに情が移るとはの。許せ)

そうしてブリシーラナは、記憶の消え行くをただ受け入れた。


此岸に帰るまで

(……喉が……)

眠い目をこすりながら寝台に手をつこうとして、大きくバランスを崩す。それでベネリートは、ここが寝床ではないことを思い知った。

とっさに掴んだものは、船べりだった。棺ほどの大きさしかない小舟。人一人横になれば足の踏み場もないそれに、青年の身体は運ばれていた。

あたりは暗く、風景を楽しむことはできそうもない。広い水面も闇の色に染まっている。

(これは、どういう……ああ、それよりも、喉が)

半端者なれど吸血鬼である彼にとって、喉を潤すことは重要だった。水で癒やせぬ渇きなら、早急に血を手に入れなければならない。

覗き込んだ水面に映る顔に、彼は驚き固まった。

それは確かに自分だと思った。しかし前髪から覗く左の半分が、ヤスリで削り取られたかのように消え失せていた。

「飲むでないぞ」と声がして振り返れば、

膝を抱えて青年を見ている少女。

「……この河は冥府の河。水を飲んでしまえば、帰れなくなるもの」

「……ブリシーラナ、どうやって、こんな場所へ? ここ、水の上ですよ」

「一言目がそれか……まあ、よい。冥府の河だといったろう。これらは現し世の水と違って、我らを嫌わぬようでな」

「まさか、泳いでいらしたとか……冗談です。まだよくわかりませんが……とりあえず、これは、夢なんですね?」

「そうさの。少しばかり、いつもと趣が違うだろうが、夢には違いない」

そう言って微笑んだ表情は、なかなか見られるものではない。ベネリートは小さな感動を覚えた。

しかし間もなく、形の良い眉間に再びしわが寄る。

細い手が、醜い傷に潰れた顔へと伸ばされた。

ベネリートはどぎまぎした。幼い頃から、彼は彼女に特別な感情を抱いている。そしてその胸の内など、とうに見透かされていた。ひねくれ者の彼女は普段、鬱陶しいと言うばかりで、こんな風に触れてはこないのだが。

「痕になってしもうたの。雑に扱ったつもりはないが、なにぶん傷みやすくなっておったのだ。すまぬ」

「えっ」

「石像になったお前を運ぶのは、骨が折れたぞ」

「えっ」

「まあ、覚えておらぬのも仕方ないが。なにせ固まっておったのだからな」

「……あの、何が起きているのか、詳しく説明していただけたりは」

「わたしのとばっちりを受けて、お前が死にかけた。ゆえに冥府くんだりまで連れ戻しに来てやった。今は晴れて、此岸へ向かっておるところよ」

「はあ。それは、ありがとうございます?」

「わたしのとばっちりだと言ったろう。それに、その顔はおそらく戻せぬ」

肉体の形は、魂の記憶に左右される。魔法は傷を消し去ることができるが、治療が遅れればやはり痕を残す。魂が傷の形を記憶する前でなければ、完全な元通りにはならない。

ブリシーラナの不機嫌そうな顔は、いつもどおり。ベネリートがそこに悔悟を感じ取ったのは、自惚れだろうか。

「でも、ありがとうございます。あなたに迎えにきてもらえて、私は嬉しいです」

「……ふん」

ゆっくりと、二人を乗せた舟は河をさかのぼる。

夜よりも濃い闇の中で、とりとめのない会話をした。喉の渇きは、いつしか忘れ去っていた。

ブリシーラナはいつもより多弁で、はしゃいでいるようだった。ベネリートが見たいと思っていた表情を、いくつか見せてもくれた。ここは彼の夢の中だから、願いが叶いやすくなっているのかもしれない。

「現実のあなたも、素直でいてくれればいいですのに」

「そうはいかぬよ」

ふと思い出したように、現実を意識した。

その途端、暗闇に閉ざされていた世界が明るく開けた。

「ああ、もう此岸に着くのだね。……行かなければ」

目をすがめるベネリートの視界で、ブリシーラナもまた眩しそうにしている。

「行くとは、どこへですか?」

「お前が自分の身体で目覚めねばならぬように、わたしも正しい場所へ戻る必要があるのさ」

ほど近くまで、別の小舟が漂って来ていた。ゆらゆらと小さな波に揺られながら、二人を乗せた舟とすれ違おうとしている。

あの舟は何だろう。疑問を投げかけようとして、ベネリートはぎょっとした。いつの間にか、同乗者が消えている。

「ブリシーラナ!」

慌てて声を上げ探せば、彼女の姿は向かいの舟の上にあった。

「あるべき場所へ戻るだけだというに、取り乱すでないよ、ベネリート」

「そう言われましても、さすがに急に消えられると……。ここ、水の上ですし」

「わたしに気を取られていては目覚められぬぞ。ほら、すぐそこがお前の此岸だ。振り返らずにおゆき」

彼女はシッシッと、野良犬を追い払うように手を振った。そのすげなさに、いよいよ夢の終わりを実感する。苦笑するしかない。

「わかりました。行きますので、目が覚めたら改めてお礼をさせてくださいね」

「覚えておればな」

ベネリートを乗せた舟は、ゆっくりとだが止まることなく、此岸へと向かっていく。

やがてあたりに満ちる光に溶けるように、彼の姿は夢の中から消え去った。

「……覚えておれば、な」

ブリシーラナは繰り返した。

彼女を乗せた舟は、もう一隻とは逆方向へと進んでいく。すなわち、水の流れるまま、冥府へと。

家族を失い、住む場所を失い、餓え渇いて朽ち果てようとしていた半端者の子供を、かつて彼女は気まぐれに拾った。

安全な血の得方を教え、力の御し方を教えた。久しぶりに料理などもした。それはなかなかに楽しい日々だった。


血の微睡み

不意に、微睡みからやすらぎが失せた。違和感に首を傾げる。

(そもそもわたしは、何に安心などしておったのだ?)

寿命を克服した社会は、急くことを忘れ停滞する。多くのものが、永い眠りで時間を読み飛ばし、うつつにはつかの間のみ浸るようになった。

ブリシーラナもずいぶん長いこと、そうして生きてきた。そこに慢心はあっても、安心はなかった。

ひとつ疑問を覚えると、眠りは急激に覚醒へと近づいていく。

(……目覚めるか)

べつだん、それを拒む理由もない。

――微睡み、夢を見る。ブリシーラナは、自らの血に向き合うことにした。

眠りの中に力を置き忘れぬよう、血の深淵に呼びかける。いらえとともに、同胞の気配を感じた。

「うぜェ」

「……寝覚めに紅玉の顔なぞ見とうなかったわ」

ブリシーラナと紅玉の女は、しかめっ面を同時に背けあった。

次いで、ころころと軽やかに笑う声。

「まあ、息がぴったり」

「殺すぞ」

「煽るのはよせ」

「ふふ。ごめんなさい。この顔ぶれで縁を結ぶと思うと、楽しくなってしまって」

仮面の女は黄金、男は白銀の血族に連なる。四つの血族がこの夢に集うというのは、なかなかに珍しい。

ここで出会ってしまえば、その目覚めの間、切れぬ縁が結ばれる。たとえ悪縁でも、断つことは難しい。

「邪魔だけはすンじゃねェぞ、黒曜」

「邪魔されるようなことをせねばよいのだ」

「うぜェ」

「……」

どうやら全員、これがはじめての目覚めというわけでもないらしい。起きることとすべきことを知っていれば、状況に疑問は呈されないものだ。

仮面の女がてのひらを打った。

「さあさ。言葉を交わすのもよろしいけれど、わたくし、はやく目覚めたいの。人を待たせているのよ」

「ならさっさと済まそう。あたしはこの鏡が大嫌いなんだ」

大きな姿見がある。我らの姿は映らない。

表向きのいわゆる冒険者の宿ではなく、夜の城としての『蔓薔薇の家』。現実のこの場所に、このように磨き上げた鏡は置かれていない。

無言のまま、白銀がその鏡に触れる。

刹那、力がほとばしり、あたりの風景が一変した。

意識に直接訴えかける、「思い出せ」の声にこたえて、彼らはわざを選び取る。

一人は眠りの術【黒曜の睡】を。

一人は護りの術【白銀の盾】を。

一人は喰らう術【紅玉の牙】を。

一人は綻びの術【黄金の手】を。

力を取り戻した瞬間、紅玉が吼えるように怒号を上げた。びりびりと空間が震え、ついには鏡に罅が入る。

「出てきやがれ、糞野郎!」

罅割れた鏡が砕け散り、黒煙じみた影を吐き出す。それは人の姿を形作り、目覚めゆく四人に武器を向ける。

(ああ、ひどい人。けれどもわたくし、恨んではいないのよ。だってもう、あなたの顔も思い出せないもの)

影の形は、見るものによって異なる。彼女の目に映るのは、かつての恋人たちだ。顔のない彼らに手を差し伸べ、踊るように切り裂いていく。

(あんたさえいなければ……あんたさえ、あたしの前に現れなければ!)

その前に立ちはだかるのは、いつでも変わらないたった一人。怨敵と同じ姿をした影を、彼女はひと噛みで喰らい尽くした。

(今度はお前か)

彼はこの場で旧友と再会することが多かったが、この時、優しげに微笑んでいたのは妻だった。

(……? 誰だ、これは)

彼女は不可解を目にしていた。

「ああ、ブリシーラナ。こんなところにいたんですか」

(かほどもはっきりしておるのに、まるで覚えがない。かような例は聞いたことがないぞ)

「約束してくださったでしょう。今日は――」

(黙れ)

術を振るえば、青年はたちまち眠りに落ちて倒れ込む。親しげな言葉とともに笑みかけられても、武器を向ける相手に容赦する由はない。

第一、これは夢幻にすぎないのだ。その証左のように、引き裂いた喉からは血でなく、黒いもやが吹き出す。

見回せば、最後に残った影を、白銀が打ち砕くところだった。

夢が、覚める。


「おはようございます。覚えておいでですか?」

ブリシーラナは二重に驚いた。ひとつは寝台の上に寝かされていたことに。ひとつは夢で邂逅した男が、目の前に現れたことに。

しかしベネリートは、その驚きなど比にならぬほどの衝撃を受ける。

「……お前は、誰だ」

「えっ」

「わたしはなぜここにいる」

「ええっ! どうしたんです、ブリシーラナ。頭でもぶつけましたか?」

「わたしは、棺より出た覚えがない。少なくとも人の寿命よりは長く、眠っておったはずだ」

ブリシーラナは、いつかに目覚めてから現在に至るまでの記憶を、そっくり失っていた。頭をぶつけたわけではない。しかし、その冗談は冗談で済まされなかった。

言葉を重ねて事実に行き着く頃には、ベネリートの顔は絶望で蒼白になっていた。

「覚えていれば、って、こういうことだったんですか!? どうして、そんな……」

「ひとまず、出てゆけ。わたしは一人になりたいし、お前は休むべきだ」

「……わかり、ました。お騒がせして、すみません」

青年は一度頭を下げ、それからよろよろと立ち去った。黄泉帰りの身の重さより、心の痛みがその足取りを不確かにさせていた。


後記

終了時点の手札はこちら。所持金は0sp。獲得カードは特殊技能【黒曜の睡】【白銀の盾】【紅玉の牙】【黄金の手】、付帯能力【黒曜の血】【白銀の血】【紅玉の血】【黄金の血】。

シナリオ『仲間を助く代償は』は選択肢のある短い読み物です。キャラクターがそういう状況に陥るシチュエーションを楽しんだり、キャラクターにフレーバー設定を付与することができます。ただ普通にプレイしていると、この手のシナリオがゲーム全体に与える影響は少ないはずです。けれど、リプレイに組み込むとどうでしょうか。

シナリオ『此岸に帰るまで』は一本道の二人用読み物です。リプレイには適さないジャンルであるように思います。ただ、カードワースのシナリオは、他のシナリオとつなげて読むことで、異なる物語に見える場合があります。今回もそのように読んで、リプレイに組み込んでみました。

上記二作とも読み物ですので、テキストはなるべく引用しないように気をつけました。未プレイの方はぜひゲーム上でお楽しみください。

シナリオ『血の微睡み』は BloodWirth のチュートリアルです。カードワースのキャラクターは、作成直後はレベル1~2で、特別な力は持っていません。ゲームの開始条件として公平ではあるのですが、力ある存在の表現には向いていないため、シナリオで補っています。はじめて力を手にする吸血鬼でも、眠りと目覚めを何度も繰り返した吸血鬼でも、違和感のないように作りましたが、どうでしょうか。

スクリーンショットには、各シナリオ作者と groupAsk、刻人氏高里氏夏豆キミドリ氏Skjold 氏あり氏 の手によるリソースが含まれています。

スクリーンショット、本文テキストとも、転載などの二次利用は禁止します。

当リプレイ内の吸血鬼やその他世界観など、諸々に関する設定は、リプレイ内かぎりの非公式なものです。これらの設定を BloodWirth の公式設定として掲げることはありません


キャラクター紹介次回の記事